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もし人生がジャンプのマンガだったら

1月14日の対局の後、3週間ほどはマスコミ取材が殺到しまして、ほぼ毎日なにかしら新聞やら雑誌やらの取材があるという状況で、対応でてんてこまい(死語?)でした。2月の中旬くらいからやっと落ち着いてきました。5月のWCSC向けに12年 版Puella αの開発はあったのですが、それは毎年のことで慣れています。前年の9月に電王戦の話が来たときからずっとかなり忙しい状態が続いていたので、しばらくぶりに物事を考える余裕が出てきました。

このときに頭に浮かんできたのは、それまでは考えもしなかったことでした。「コンピュータ将棋を、これからも続けるべきだろうか?自分は、続けたいと思っているか?」

11年7月に企画書を書いた時点では、名人との差はレーティングで400程度あると予想していて、いちおう1年半くらいで追いつくような絵は描いたものの、実際にはもっとかかるかもしれないと思っていました。それが24の結果や、米長宅での対プロの様子を聞くに、実は差はもっと小さい、たぶん150もない、とわかってきた。ソフトの棋力は大体毎年レーティング150程度実績として上がってきていたので、そのペースならば次の12年版Puella αが完成すれば名人を抜くことになります。2月時点ではPuella αはまだ完成していませんでしたが、プログラムはほぼできてデバッグの段階に入っており、150上がることは十分期待できました。つまり、ソフトが名人を抜くということが、現実問題あと3か月で実現するだろう、という状況になっていた。

私だけでなくコンピュータ将棋の開発者の多くは、「名人に勝つ」ことを目標に掲げてきました。名人に勝つ日のことを「Xデー」と呼び、それが何年に来るか、ということをしきりに議論してきました。ですが実際はかなり長い間、それは議論というより「夢想」に近いものでした。私がコンピュータ将棋を始めたのは1998年のことですが、当時どうだっただろう、最も強いソフトでアマ初段はあるくらいだったかな?人間のアマ初段は、「いつか名人に追いつける」とは絶対考えないですよね。そして実際ほんの少し前まで、ソフトが名人に勝つなど全く夢物語だった。感覚的には「22世紀になったらワープができてイスカンダルに行けるよね」みたいな感じだったわけです。それが、このときに急に目前の現実として感じられました。そうなってはじめて、「名人を越えた後、更にコンピュータ将棋を続ける意義があるだろうか?」という疑問が、切実なものとして浮上してきました。

名人を越えるというのは、多くの開発者にとっては「ゲームクリア」なわけです。ゲームクリアの後、2周めをやりこむ要素が残っているだろうか?ジャンプのマンガならここで更にレベルの上がった強敵が現れる、が無限に続くのですが、現実においてはそうしたポスト・ラスボスは現れません。冷静に考えて、これ以上やる動機づけがないな、というのがひとつ。もちろん、人間相手でなくソフト同士で更に強くしていく、という方向はあるでしょうし、実際そういうつもりで続けている開発者も多いのですが、私に関して言えば名人の先まで将棋ソフトを強くしたいとは思いませんでした。考えてみると、コンピュータ将棋という分野自体が元々「目標を達成したら終了する」という皮肉な性質を持っていたわけです。

ですがそれよりも大きかったのは、このときの私にはもう「名人に勝ちたい!」という強い欲求がなくなっていた、という点です。それまでは、名人というのはやはり私の頭の中でもかなり神格化された存在でした。仰ぎ見る対象であればこそ、勝ちたいと思う。しかし電王戦がらみでの連盟とのやりとりで、米長・谷川両元名人の振る舞いを目の当たりにして、名人への尊敬というものが一気になくなってしまった。「名人の霊圧が、消えた…」と感じていました。

いろいろと連載で書いてきましたが、少なくともこの時点(12年3月)では、私は両元名人をそれほど嫌悪していたわけではありません。事が起こったときは確かに腹も立てましたが、いずれも結局問題は解決しまして、私は問題さえ解決すればけろっと気にならなくなる方です。それに、彼らの行動は、多少見苦しいとは言えますが、相対的にみてそれほど悪質というほどでもありません。私は仕事ではるかにひどい相手とつきあったことがあります^^; むしろ連盟は妙なところでガードが甘かったりして、憎めないところすらあります。悪党とはいっても、ショッ○ーよりはむしろロ○ット団に近い。米長氏などは、悪い面が出るときはたしかに顔も見るのも嫌になりましたが、やはり個性的で面白い人だというのもまた一面の事実で、彼を一概に否定するものではありません。谷川氏に関しては、その後の中傷記事~裁判の件で更に評価がガタ落ちになりましたが、それはまた後の話。

ただ、そういう「それほど悪い人じゃない」というのと、「尊敬する、だから戦いたい」というのははっきり別です。この時点で、彼らに対して尊敬の念というものは完全に無くなっていました。神格化された存在から、「ある種のゲームには異様に強いが、それ以外はごく普通の、時には見苦しい点もあるただのおっさん」に成り下がっていました。そういう相手で、しかもレーティング的にはソフトより下の相手と、苦労してまで戦いたいか?というと、そうは思えませんでした。

誤解されないよう書いておきますが、「名人がみんなダメ」というつもりは毛頭ないです。前記の二人はまあいろいろと問題が多かったですが、他の名人[/経験者]は立派な人ももちろんいるでしょう。森内名人や羽生十九世資格者はおそらく立派な人なのだろうと思います。ただ、それまでは「(現/元)名人だから」というそれだけで無条件で尊敬していたのが、そういうことはなくなった、個々人を見て判断するようになった、ということです。

「名人に勝つ」と「名人を超える」は別のことであるとは、企画書のあたりから多少意識してはいましたが、それほど深く考えてなく、「そうは言ってもソフトが強くなったと誰もが思うようになったら、むこうも出てこざるをえないだろう」くらいに思っていました。ところが連盟の一連の姿勢を見て、これはもしかしたら本気で逃げまわるかもしれないな、と思うようになりました。実際、対米長戦から2年以上たち、未だにタイトルホルダーは出てきていないし、今後出てくるかもわかりません。

そういう状況をみて、改めて「自分の目標はどちらなのか。名人に勝つこと?名人を超えること?」と問うたとき、答えは明らかに後者でした。私はやはりエンジニアですから、「技術の到達度を確認すること」によって達成感を得るのです。勝負自体には特にこだわりはなく、勝負せずとも、超えたと客観的にわかるデータがとれればそれで十分。「Xデー」の定義は、名人に勝つ日でなく、名人を超える日とする方が適切でしょう。また実際問題、渋る相手との対局を実現するためにいろいろ政治的?な駆け引きやらをするのは「そんなの俺のやることじゃねーよ」という感じで、正直関わりたくないことでした。

そういうわけで、私の中のモチベーションは明らかに落ちていました。ちょうどこのころ、F研究所の12年度研究計画に将棋が入らないことが決まりました。元々私の方から研究所に話をもちかけたこともあり、仕事でやるということになったらやはり続けていたのでしょうが、これによって「仕事だから将棋を続ける必要がある」ということもなくなりました。

ちなみにこの研究計画変更の件、会社員としての私個人の立場にはけっこう大きな影響がありました。それまで事業部でマーケティングをやってたのが、「研究所に来て将棋をやらないか」と言われて移籍した。ところがその後「やっぱり将棋はできないから、なんか適当なテーマ見つけて研究して」となったわけで、今振り返るとけっこうとんでもない状況でした。ですがまあそれは電王戦には直接関係ない話です。将棋で名人を超えるという観点からすると、企画書の時点とは事情が変わり、この時にはF社の協力は必須ではなくなっていました。

ただそうはいっても、それまで12年版Puella αの開発をずっとやっていてほとんど出来上がっていたので、これを途中でやめるのはやはりエンジニアとしてそれはそれで耐え難いものがありましたし、また、まだ「名人を越えた」の確信が得られたわけでもなかったので、5月のWCSCまでは開発を続けることにしました。4月頃には完成し、11年版よりたしかにレーティング150程度上がったことが確認でき、この時点で名人越えの確信を持ちました。12年5月のWCSCではGPS将棋に次ぐ準優勝になりまして、これを最後にコンピュータ将棋の開発からは手を引きました。名人を越える「Xデー」は、11年だった可能性も若干あるが、おそらく12年だったろう、というのが現在の私の見解です。10年の時点ではまだ名人には届いていなかったでしょう。

12年5月から13年の第2回電王戦までは、何も開発していませんで、ほぼまったくそのままです。一カ所だけ変えたのは、入玉まわりの評価値を与える1行。WCSCでは無理やり入玉しようとして負けた将棋が2局あったので、この数字をこころもち小さくしました。それ以外は変えていません。

第2回電王戦が近づくと、またいろいろ取材が入ってきました。それまでは「名人を越えた、だからもう開発はやめた」なんてことは、わざわざ口には出していませんでした。ですが、取材で「意気込みはどうですか?抱負をお願いします!」などと言われると、嘘を言うわけにはいきません。で相手には「水を差すようで申し訳ないんですが…」と断って、実情をお話ししました。大体皆さんびっくりしていましたが、記事では皆そういうふうには書いてないですね。勝負を盛り上げるように書いていたようです。

…というわけで、電王戦回顧録はひととおり終了です。まあこのあと第2回電王戦までも多少ありましたが、私の方は来たものを受動的にこなすだけであまり身を入れてなかったので、第1回ほど印象に残っておりません。

先の第3回では、あのハンディでなお勝つというのは私にも予想外でしたが、もうコンピュータ対人間という図式自体が意味がなくなっていることは明らかでしょう。今後コンピュータ将棋はどうなっていくのだろう?もうすぐWCSCがあります。多くの開発者は参加しています。私だけが見切りをつけるのが特別早いんでしょうか。まあ、名人を越えても人外の領域で強くしていく、というのは、興味としては私にもあります。それは、少なくともこれまでよりは注目はずっと少ないだろうし、どこまで持つのか、という疑問はありますが、熱意を持つ開発者が多ければまだまだ続いていくかもしれません。

私自身もまったくコンピュータ将棋に興味がなくなったというわけではなく、今も動向はウォッチしていますし、今度のWCSCも注目はしてます。ただ、自分で時間をさいて開発する気まではしない。コンピュータ将棋の世界はとにかく進歩が速く、トップクラスに居続けるのは並大抵のことではできません。開発を最優先にするために、他のいろんなものを犠牲にしないとできない面があり、つらいと言えば正直つらいです。でもそれまでは、「名人に勝つため」と思えば、それも苦ではなかった。ところが、(元)名人たちの醜態を嫌というほど見て、仰ぎ見、追いかける対象がなくなると、もうそんな苦労をする気も失せてしまいました。バニラさんが「憑き物が落ちるように興味がなくなった」と書いてましたが、私もまさにそういう感じでした。

チェスで人間チャンピオンを破ったDeep Blueの開発者が"Behind Deep Blue"という本を書いています。この中で、チャンピオンに勝った後も、しばらくはまだチェスを続けようとあれこれ考えていた。だがある時「世界にはチェス以外にまだ面白いものがあふれている」と気づき、もうコンピュータチェスは終わりにして他のことをやろうという気になった、というくだりがあります。彼も十年以上コンピュータチェスが人生の最優先事項だった。それがあるとき終了しても、すぐには切り替えられない、というのは非常に共感します。

ちょっとコンピュータチェスのことを調べてみました。こんなページがあります。
http://www.grappa.univ-lille3.fr/icga/game.php?id=1
コンピュータチェスの大会の参加者数の推移です。チェスでは1997年にコンピュータが世界チャンピオンに勝ちました。これを見ると、やはりその頃がいちばん盛り上がっています。勝った後すぐに醒める、とはなっていないようです。その後17年で、参加者はだんだん減り続けてはいますが、2013年時点では参加者6人ながらまだ続いています。将棋はどうなっていくのでしょうか。

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コメント

第3回電王戦終了後の記者会見で森下九段が、ヒューマンエラーを極力無くすルール(秒読み15分、盤駒使用あり等)を提案されていました。
個人的には終盤のミスだろうがなんだろうが、ミスする事自体が人間の実力=限界であると思いますが、
終盤のミスで勝ち将棋を落としてしまう悔しさも分かります。
プロ棋士の本音は、「実力では勝っているのに終盤のうっかりで負けてしまう」というところではないでしょうか。(口には出さないでしょうけど)
確かに人間対コンピュータの将棋は、序中盤で人間がリードし終盤でコンピュータが捲るという展開が多いように感じます。
上記ルールでヒューマンエラーがどのくらい防げるのかは未知数ですが、
仮に大部分防げて、なおかつ、コンピュータが勝つのなら、
それはもう序中盤の形勢判断からして人間を超えていると思われます。
伊藤さんは上記ルールならどちらが勝つ(勝ち越す)と思われますか?

うーむ☆
もしコンピューターが会話をしてくれるなら、
“私は電王に勝つ、電王を超えてみせる!”、とか しゃべりながら
熱いバトルをしてそうなもんなんだが、

この漫画に登場するヒロインの アルファさんや
友達のボナさんは無口だから 感情移入しにくいのかもしれないな☆

妄想するんだが、コンピューターの技術がさらに100年縮まって
しゃべりだす機能が搭載されて、
今年コンピューターの間で流行っていた戦法などの コンピューター時事を
コンピューター自身が解説してくれたりしたら 見やすいと思うんだぜ☆

単なるデータの集積だと人気は廃れるかも知れないが
そこで情報が生み出されるなら、
ニュースにもなり、まだいけるんじゃないかと妄想するんだぜ☆

「統計的に、私の前では全てのコンピューターが投了する」とか言い出す
霊圧のある電王とか☆
コンピューターには人間的な魅力もないが、欠点もないはずだぜ☆


余談だが、コンピューターに感情や人間関係を搭載して
キャラクター化したらどうなるか、という妄想もしたんだが
それはもうコンピューターじゃなくて人間だったので、
コンピューターに人間らしさを持たせるのは 悪手な気がした☆w

やっぱり伊藤さんの中ではすでに歴史が動いてしまっていましたね。

米長さんや塚田さんとの対局は電王戦の歴史の中でのトピックスでありました。

これからもきっと語り継がれていく事と思います。


第3回電王戦の結末もけっこう衝撃的でありました。

そうして世の中の人も「COM君はつおい」ということをいやと言うほど知ってしまいましたしね。

それに反比例するようにプロ棋士さん達の「神秘性」も少なくなってしまいました。

まあそうではありますがチェスがたどった道筋とはまた違う道を将棋は歩くのではないかと個人的には期待している所であります。


そして今回で残念ながら回顧録は終了とのこと。

それでも結構なシリーズで楽しめました。

どうもありがとうございました。

そうそう、新しい分野での今後のご活躍を期待しております。

 素直に読ませていただくと、伊藤さんは非常に純朴な感じがします。私なんかは、将棋の名人は将棋で抜群に勝てる人、その他要素はわからないが、どこかバランスを崩してる可能性が高い人、ただそれだけでした。ずいぶん失望したようですが、結局、伊藤さんは自分の欲望のために、傷つきたくない相手を傷つけようとしていたと思います。「かかってこい」「負けましたと言え。」そういうものも感じますので、印象はどっちもどっちです。伊藤さんはプロを相手にせず、最強のソフトを作って、アマが家庭で名人超えを楽しめるようにしてほしいです。

よく知りもしない他人を神格化してしまうのは日本人の欠点であると思ってますが、一方で連盟の元名人には、そのように振舞って欲しかったなと思ってます。私はおそらく伊藤さんより、将棋のこと、将棋連盟のことを少しばかり詳しかったので、今回の事も予想できていました。米長が伊藤さんのソフトに負けた直後に言い訳をせず、多くを語らず負けましたと言えば後の棋士たちもそれに習ったと思いますよ。実際そういう態度の棋士も中にはいましたが、多くは実力が及ばないことを認めるのはNGであるという態度が多かったように思います。しかし、それも終盤力の差が顕著であるため滑稽に見えてしまいますが。連盟側にしてみればドワンゴとの小さな契約で権威は売れないとおもったのかもしれません。また伊藤さんが嫌いといわれましたが、開発者の方々は今後も政治的な駆け引きを続けていかなれければいけないでしょう。一時の感情で辞めるのは惜しいので、連盟が負け認め、しがらみが無くなればまた将棋ファンのために戻ってきて欲しいですね。

連載楽しく読ませていただきました。伊藤さん側からの視点というのは今まで知られていなかったまさにダークサイドな一面であり、とても興味深かったです。

一将棋ファンとしての総じての感想は、正直どっちもどっちといいますか、それぞれの利益を最高にしようとしてただけなんだなとおもいます。連盟だってそれこそ負けたら今後の将棋界どうなるのか大変難しくなる勝負に出ているのであって、それこそ国益を脅かされていた気持ちだったでしょう。もちろん、一連の騒動では伊藤さんの指摘どうり連盟に非があることが多かったですが。タニーだって盤外の交渉など正直その道のスペシャリスト達に言わせれば素人だろうし米長さんの言うことが絶対だったと思えばある意味とても気の毒と思うくらいです。
もちろん、それはそれであって、伊藤さん側が自身の利益を追求するために正論を並べたことにも否定はしてません。交渉事ですので、厄介な相手をしなければならなかった連盟側に同情してるだけですw
まぁ、ボイコットを示唆したり、メールのやり取りなどをみると連盟側が伊藤さんに不信感を抱いていった過程もよくわかりました。不幸なことですが、このすれ違いが大きくなって裁判にまでなってるのだと思います。そう言う意味でどっちもどっち、というのが正直なところです。


話は変わりますが、名人を超えたと結論付けた点はやはり一羽生ファンとしてはうんうんとは頷けないですねw
一年くらい前の伊藤さんのブログでの見解だと24でのレーディングを根拠に名人超えたと結論付けていらっしゃいましたが、そのエントリーの予想される反論にある持ち時間が長いと人間強くなるはやはりその通りだとおもうんですよね。もちろん、ソフト側も強くなりますが。
これについてはやねうら氏がリベンジマッチ前に書かれていた「人間は2倍の持ち時間でR300上がる」説もあるように色々意見あるとおもうんです。
サンプル数が少なすぎますが、リベンジマッチを含めて長い時間の対局だと3勝7敗1分け。これって正直この相手だと羽生さんなら11連勝、まぁ普通に考えて8勝以上はしそうだとおもうのです。(出場された棋士の方々には大変失礼ですが)
ということで私は今のソフトはレーティングトップの羽生さんくらいと予想します。そう言う意味では現名人の森内さんはレーティング的に超えてますが、名人も今期羽生さんになる可能性ありますしね!というわけで名人超えじゃなくて名人くらいでどうでしょうかw

まぁそう言う意味で中位くらいと言ってた会長の現状認識は大丈夫かとおもいました。プロ全体で言えばはっきり超えられてるし、トップ集団よりも上にいることは確実だとおもいます。(私の推測ではレーティング1位タイですw)といいますか、あの会長でほんと将棋界大丈夫なんでしょうかね・・・と心配になります。伊藤さんの意見は違うかもしれませんが、色々とアクの強かった前会長の方が面白かったです。ほんといろんな意味で。

最後のモチベーションについても興味深かったです。ポナやツツカナも仕事になってるようですし、激指やGPSなどもある意味心配ないのかもしれませんが、完全に趣味でやってる人は今後減るかもしれないですね。賞金付きの電王トーナメントもできましたが、あれなんて電王戦がいつ終わるかって時にそれこそいつまであるかわかんない一過性のものかもしれませんしね。ほんとに今後どうなっていくか気になります。

長々書きましたが連載たのしかったです。
今後のご活躍期待しています。
時々でいいのでコンピュータ将棋のことやご自身のこと、裁判のことなどブログ更新してくれるとうれしいです!

仮想的に名人を超えた今、名人を育てるソフトっていうのは面白いですね
名人との対戦や仮想棋士にあった性格をだしたりCOM将棋の分岐はたくさんあると思うので気が向けば制作販売お願いします

超えるのは、もう少しだけ先ではないでしょうか。
豊島氏の対局、塚田氏の入玉対局からして。 また将棋は勝率で強弱を判断しており、常に進化しているので。
ただ伊藤氏と同じ思いの人が出られてきてるのでは。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0

レーティングの定義から言って、

> 将棋は勝率で強弱を判断しており

というのであれば、レートで人間を超えているソフトは現時点で人間より強いと言っても良いことになります。実際第2回、3回電王戦の結果を見るとソフト側の方が勝率高いですよね。
応援している選手の、勝った試合だけ見て、「ほら、まだまだ~には負けてないぞ」みたいなことを言うのは、ファンの心理としては共感できますけど、強さの判定方法としてはまずいでしょう。

ブログを楽しませて頂いておいてなんですが
イマイチ何が本意か判らなかった。

最終回がやっぱりいちばん面白いですね。第二回から第三回まで駆け足でまとめてあるのが印象的でした。
勝手に推測すると、まだ隠していることがあるような気がしないでもないですが、でも、観客ですので強くは望みません。
このようにブログにまとめられたことは価値のあることだと思います。

「名人を超える!」「いや、名人に勝つ!」
それがいつなのかはコンピュータ将棋開発者や連盟、将棋ファンにとっては一大事件でも、残念ながら将棋に興味のない多くの人の反応は違うようです。
連盟が勝負を先送りしている間に、世間ではチェスやオセロと一括りにされ、(将棋含む)ボードゲームで人間はコンピュータにかないっこないという雰囲気が出来上がっていたのか、電王戦の話題を振っても「そりゃコンピュータに勝てるわけないやろw」という感じの人がほとんどだと思います。
仮に将来名人との対局が実現して、コンピュータが勝ったとしても似たような感じでしょう。
まさに伊藤氏が仰っていた「負けても大丈夫」な状況に計らずともなっていたという。

伊藤さんには開発が良く似合う。やっぱり。

連載楽しく読ませていただきました。御礼申し上げます。二つ思ったことがあり、ひとつは亡夫のいた大学で人工知能を専門にされていたT先生が常々口にされていた言葉で、曰く「人工知能というのは不可能なんや、人間に作れてしまったらそれはもう知能ではないんやからな」、しかし将棋は人の手が作り出したものが局所的とはいえ人の能力を超えるところまで来ています。それは弱い人工知能に特有の現象なのか、それとも人工知能一般にいつかは妥当することなのか。
もうひとつは私自身の将棋ファンとしての遍歴で、これは自身のブログにも書いたことですが幼少より中原名人のファンだった私は林葉さんとの一件で大きな衝撃と失望を感じ十年以上将棋全般から離れていたのですが、いくつかの契機に興味が再燃して再び将棋観戦に戻ってきました。電王戦もそのひとつです。ひとりでいる無聊をいまだいぶん将棋がなぐさめてくれることも事実で、伊藤さんにとって本意かどうかはともかく、昨年の電王戦に関わってくださりつづけたことにこの場でお礼を申し上げたいと思います。
はじめてこのブログにコメントしたとき、名人をコンピュータ将棋が越えたとは思えないと反論したのですが、その立場は今も変わりません。指将棋に限っても、不得手なことがあるということは名人家元の類にあるまじきことという古い価値観のなかにわたくしは生きておりますので。ただ、コンピュータ将棋が名人と対局して勝つことがありえるといわれれば、それに反論する気持ちもありません。
ふだん将棋ファンでいるときは忘れていることですが、電王戦関連のいろいろいろな方の言説に触れるにつけ、自分がどこか計算機科学者の妻としてものごとをみていることに気付かされました。実際、第2回電王戦でもっとも自分が気にしていたのはとりわけネットワークを使用するチームがマシントラブルを蒙らず運用されるかどうかで、自分が普段応援している棋士の勝ち負けもさして感情をゆさぶることはありませんでした。夫が逝ってもう十年以上になるのですが、自分個人にとって、それが一番おもしろい発見でした。個人的にすぎることですが、そういうファンもいるのだということを、知っていただきたくて、ここにしたためておきます。
伊藤さんのご健勝と一層のご活躍をお祈りしております。

豊島の勝利は事前にソフト側の穴を精査し、本番でそこをつき勝利したに過ぎません。第三回電王戦の主旨に沿った勝利と言えますが、実力での勝利とは言えませんし、またそれを期待するような実力差では既に無いです。第三回ではハード面の性能も制限してます、そういう事情から今回はプロ側が圧勝するだろうと予想されていました。しかし、残念ながら、それでもプロ側が勝つことは困難だと実証されました。電王戦の意義はここで終了しています。後は続けるなら、さらにコンピューターの性能を落とし、プロ側に勝たせることで興行を成功させるといった目的に移行するのかなと思います。

自らの弱点を克服する力がないと、プロの将棋指しの世界では生き残れません。 この能力こそがコンピューター将棋最大の課題ではないでしょうか。

開発者にとって名人に勝つという目標がどういうものだったのか
夢物語だった時代から、名人を超えた時の喪失感が伝わってきました。
名人を神格化していた部分があったのは私も同じなので
連盟がそこまでやったのか、というのを知ったこの連載はかなりショックでした。
私生活の部分ではまあ色々あるだろうぐらいは知ってましたがw
将棋の実力に関しては正直だろうから、ソフトの力も必ず認めるだろうし
やがて対局もするだろうと楽観的でした。
名誉棄損までするようになるとは想像もしてませんでした。
連盟の態度は悲しいですが、本当の事を書いて下さった伊藤さんには感謝します。
裁判の事も引き続き応援しています。

現状のソフトの棋力についてですが、仮にお互いの予備知識無しで長時間対局を行えば、
ソフトの勝率が名人を上回る事はほぼ間違いないと思うようにはなりました。
ソフトの棋譜と人間の棋譜の質と比較してみれば、
やはり終盤のミスがほぼ無いという点でソフトに利がある。
ただ、第3回の電王戦を伊藤さんは見てらっしゃらないでしょうから
対局内容の感想を書きますと、人間が全てワンサイドゲームで負けている
という訳ではありませんでした。やっぱり全てのソフトが完璧という訳ではない。
序盤がいい加減ならば不利になることもあり得る。よって、羽生さんの言われるような
1年休場してソフト研究に専念すれば、勝率をかなり向上させる事も可能だと思います。
ただ、研究環境やルールをどうするかについては、まさしく政治の世界です。
連盟が電王戦や今後の将棋界についてどう考えてるのか、さっぱり見えて来ないのが残念です。
プロ棋士が勝つ事、勝つルールを考える事だけが将棋界の為になるのでしょうか。

大盤解説を見ていましたが、解説のプロは身内贔屓な解説だったかなと。プロ側の勝ち方、しのぎ方、ソフトが指せば疑って懸かるという具合です。屋敷ポナンザ戦でも途中楽観論が出そうな雰囲気はありました。けれど、対局者はポナンザの指し手を信用して指していました、その温度差が毎局極端なほどでした。やねうら王佐藤戦では、勝ったソフトを強いと認めつつも、なんで佐藤はあんな疑問手をとがめる事が出来ないんだと言外に怒りがにじみ出てましたね。終盤を見れば実力差が分かりやすいですが、形勢を維持するための絶対手をプロはさせてなかったですよね。ソフト側がラッキーと思えるような手を2,3回は指してましたね。そういうプロ側にとって不都合な場合は概ね解説陣も沈黙や仕方ないよねという言葉にならない諦めムードだったように記憶してます。そういう解説を見て、ソフトも楽じゃないプロ側も頑張ったと思ってしまう視聴者が居ても仕方ないところです。

おもしろかったです。第2回電王戦の記録もかなりあると思っていたので、終了は意外に思いました。電王戦というか、comと棋士との勝負を進めるときの事実の記録として役立つと思います。

トッププロとしてのプライドが、comとの対局を難しくさせるのかもしれませんが、現役名人や羽生さんが負けたときの経済的影響は下位棋士ほど大きくなりそうなので、今後名人とcomの対局は難しいと予想してます。

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