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和解条項が履行されるまでが裁判です

第5回と第6回で、金額、口外秘、謝罪文の文言が決まりました。これである意味、今回の和解のキモの部分は全て決まったと言えます。では第7、8、9回(14年10, 11, 12月)では何を話していたかというと、「和解条項が履行されなかったらどうするか、いかにして履行拒否を防ぐか」を議論していました。

以前の記事でも少し書きましたが、裁判の結果(判決や和解)、一方に金銭支払いや、なにがしかの(金銭支払い以外の)行動の義務が生じたとき、当然「相手は本当にその義務を履行するのか?」という疑問が生じます。そのため、確実に義務の履行を強制するための制度がいくつかあります。

金銭支払いについて言うと、強制取り立てというのがあり、裁判所が相手の家/オフィスに押しかけて金目の物を差し押さえ、支払いにあてます。もちろんこれは、相手が個人で何の財産もないような場合だとうまくいかないケースもあり、実際ググると「裁判で勝ったけど、相手が支払おうとしない」みたいな話もけっこう見つかります。ただ今回のように、相手が法人でオフィス等がある、破産寸前でもない、ならば強制取り立てはまず失敗することはないそうです。金目の物が全くないことはまずないし、土地や建物があるならそれを差し押さえればよいのですから。

金銭支払い以外の義務については間接強制というのがあり、義務を履行するまで金銭を取り立てます。これにより、履行しないとどんどん金を取られていくばかりなので、相手は履行せざるを得なくなる、というわけです。

こういう制度はあるのですが、完全ではありません。まず、こちらが黙っていてもやってくれるわけではありません。仮に被告が義務を実行しなかった場合、こちらが強制取り立ての申し立てというのを裁判所に出す必要があります。これにコストも労力もかかります。

私は、たとえ裁判に勝って裁判所から連盟に謝罪や賠償支払いの命令が出たとしても、連盟が(少なくともしばらくは)謝罪や支払いをしない可能性は十分あると考えていました。普通に考えると、命令が出たのにそれをしないと、間接強制で取られる分だけ損になるので、最初から素直に命令に従った方が得だ、と考えます。しかし残念ながら、普通でない人たちに対しては、彼らもこう考えるだろうとは期待できません。

これまで見てきたように、将棋連盟というところは、自分たちの得にならなくても、相手に嫌がらせをするためだけに行動する、という団体です。連盟が謝罪しなければ、こちらとしては謝罪を強制するためには裁判所へ申し立てをするしかない。その申し立ての手間と金をこちらにかけさせるためだけに謝罪をすぐにはしない、ということも、彼らならば十分やりかねません。

その申し立ても、簡単に通るわけではありません。謝罪してないことが明らかならばそう問題はないと思いますが、たとえば、謝罪文のページに意図的に大きな乱丁を入れ、読めないようにする。そうしておいて「謝罪はちゃんと掲載した。だが不可抗力のトラブルで乱丁になっただけ」などと主張すれば、裁判所に申し立てを認めさせるのは、最終的には通るにしてもそう単純ではありません。また別のやり方としては、謝罪文はいちおう入れた将棋世界を刷るが、部数を極端に減らし、ごくごく限られた部数しか売らない。で、「きちんと謝罪文を入れて発行した。何も問題はない」などと主張するかもしれません。

このような場合、単なる申し立てでは済まず、「謝罪を履行していない」ことを認めさせるための別途の裁判になるでしょう。そうするとこちらには、また弁護士費用やらで数十万かかる。当然連盟側も損をするわけですが、彼らは「相手に損をさせるため」だけに、自分たちが損をしてまでもこういうことをしかねない。そういう団体です。もちろん、連盟が本当にそこまでやるか(というか、そこまで考えているか)はわかりませんが、こちらとしてはやはり最悪ケースに備える必要がありますので、「もしむこうがそこまで考えていたら」という可能性も想定したうえで対策を考えておかねばなりません。

そこで、そのような行為があった場合は、そのコストや、かかった労力に相当する人件費分を、すべて被告に負わせるような和解条項を作って提案しました。

裁判をよく知らない方は、そのような懸念はやや極端に思われるかもしれませんが、そうでもありません。命令を履行しないのとはちょっと異なりますが、スラップ訴訟というのがあり、アメリカ等ではかなり問題になっています。大きな組織が個人相手にやる場合が多いです。個人にとっては数十万の訴訟費用は大きな負担ですから、訴訟規模を大きくしていき、個人に資金面で音を上げさせるという戦略は、(道義的な面はおいて、訴訟戦略としては)十分成り立ちます。

連盟はまあ予想通りこれに反発しまして、第7~9回では、この辺の議論を延々とやっていました。ここの議論に3回もかかったのはさすがに長すぎなのですが、こうなったのは時間枠が決まっていたからです。1回あたり1時間しか枠がないので、議論の途中で時間が来て、ではまた次回、1か月半後、となるのは本当に辛かったのですが、どうしようもないですね。

このあたりのやりとりは、そもそも和解がきちんと履行されるならば不要なわけで、そのある意味枝葉の議論に延々と時間をとられるのはこちらも不毛なものを感じていたのですが、打開のきっかけとなったのはマイナビでした。それまでこの件では、こちらへの反論はほぼすべて連盟からで、マイナビはどちらかと言うと静観していたのですが、第9回になって突然「我々はきちんと和解を履行するつもりだ。だからこの辺の(履行されない場合に関する)条項は全て消してほしい。そうでないのなら和解はしない、判決を求める」と言い出しました。

マイナビ側は、マイナビの社員ではなく、マイナビ法務部に依頼された外部の弁護士事務所の弁護士が担当だったのですが、第9回の時には彼らがマイナビ法務部に電話で相談する一幕がありまして、その時「いつまでやってるんだ!と怒られました」と言ってました。たしかに、この7~9回は、かけた時間の割に成果がなかったです。外部の弁護士の場合はおそらく、期日1回あたりいくらというふうに報酬があるはずなので、マイナビ社からすれば、主要な和解条項が(第6回で)決まった後も延々と続くのは、費用の無駄、と考えたのでしょう。なので、これ以上非履行ケースの議論で時間を費やすつもりはない、という意思表明だったろうと思います。

マイナビの中でも、将棋出版部門と法務部ではかなりスタンスが違ったことでしょう。将棋出版部門はまあ連盟と同類でしょうが、法務の方は比較的まともな対応をしていました。マイナビという会社としては、普通に考えると、こういう裁判で負けて謝罪を命令されたら、逆らうという選択肢はありえません。そんなことをしたら会社の評判を落とし、賠償金以上の深刻な風評被害を受けるからです。だから、命令には素直に従い、さっさと終わりにする。それが得策で、まともな相手ならばこうするところです。

マイナビの中での将棋出版部門と法務部の関係としては、法務は基本的には事業部の意向を聞いてできるだけ彼らの希望を実現しようとしますが、盲目的に従うわけではなく、会社全体の利益に反することは当然やりません。仮に将棋部門が「裁判所の命令に逆らいたい」などと言っても、法務はストップをかけるでしょう。

その辺のマイナビ内部の事情が、この第9回で多少こちらに透けて見えてきました。それまでは主に連盟を対象として、「こいつらは信用できないから、非履行ケースの考慮は絶対必要」と思っていたのですが、マイナビの様子がこうだと、マイナビはきちんと履行しそうだな、という感触を得ました。将棋世界にしても、実際に編集・発行しているのはマイナビです。連盟が「謝罪は載せるな」と仮に言ったとしても、マイナビは無視して載せてしまうこともできるわけです。

このあたりを考慮し、また私自身正直、この議論にいいかげんうんざりしていたこともあり、ここはマイナビ法務を信用することにして、非履行ケースの要求は取り下げることにしました。

マイナビ法務のように、自分達の利益を考える相手は、行動がある程度読めるのでそれほど怖くない。連盟のように、いったんキレると自分達の利益も度外視で何をしだすかわからない、という相手がいちばん怖いのです。ですがここでは、マイナビがうまくブレーキになってくれそうな風向きになり、正直助かりました。

これで懸案事項は全て解決したので、その後一週間ほどで裁判所が和解最終案を作成し、14年12月半ばの第10回で最終的な和解条項に合意して、本裁判は終了しました。提訴から約1年。内舘記事掲載から約1年半。いやはや、長かったです。終わった時は心底ほっとしました。その後も「果たして本当に履行されるのか?」と一抹の不安はありましたが、14年末に賠償金が支払われ、15年2月には将棋世界に謝罪文も載り、無事履行されました。これで本当に、全てが終わりました。

内容的にもこちらとしては大満足ですし、こうやってブログに晴れて裁判記録を書けることになりました。やっぱり、負けてたら書きづらいですからね。一応負けても書くつもりではいたのですが、まあ筆が進まなかったでしょう。おかげさまで好き勝手書くことができまして、書きたいことは全て吐き出した気分です。ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

さてこのブログ自体も、書こうと思っていた内容は全部書いてしまいました。このブログは元々コンピュータ将棋の開発ブログとして、2007年11月から始めたものです。あれからいろいろありましたが、コンピュータ将棋/電王戦に関しては、伝えるべきことは全て書き尽くしたんじゃないかと思っています。いろいろと乱文乱筆でしたが、読む方々にとっていささかでもお役に立てば、と思っております。

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裁判記録」カテゴリの記事

コメント

電王戦についても、裁判についても、連載お疲れ様でした。

次は「囲碁プロセッサー開発」ででも、再び書いてくれることをお待ちしております。

ありがとうございます。
囲碁プロセサかぁ。たしかに、なんか中途でやりかけて放置してる感じだったので、心残りではあるんですけどね…

本気で条項をすり抜けて嫌がらせしたかったのか、
裁判を長引かせる事そのものが嫌がらせだったのか
どちらにせよ、業を煮やしたマイナビが、こんな下らない話し合いなら
判決=連盟の負けで良いと言うぐらいなら、よっぽど怒ったんでしょうかね。
裁判・連載お疲れ様でした。

え、ブログ終わりですか!

賛否両論好き放題書かせてもらいましたがさみしいですよ!

囲碁プログラムやるならいまでしょ!

今度は日本棋院相手に訴訟してください!

連載終了ほんとうにお疲れ様でした。
毎回更新されるのが楽しみでなりませんでした。
群雄割拠の出版界。連盟の意向の及ばない出版社が必ずある筈
なので単行本化を希望します。

サラリーマンしんどいですけど、クールにほどほどに。
趣味の開発(囲碁?)、楽しくお取組みください。
私も囲碁開ソフト開発始めてみようかな。

日本棋院って別におかしな団体ではないような?訴訟沙汰にはならないのでは(笑)
でも、囲碁はどうなったんだ?という気持ちはありますね。

お疲れ様!あんな組織が公益法人とは笑わせますね!

続いて、囲碁プログラムでのご活躍を期待しています!

なんだかんだといっても、やっぱり「良い記録」となりました。

お疲れ様でした。

長文お疲れさまでした!
先日の将棋連盟理事選で、現役理事が全員当選したことについて一言お願いします!

私が代わってお答え致しましょうwwwww
だから非常識、将棋村と揶揄されるのです。
人の名誉を傷つけ、訴えられ、裁判に負け、
みっともない謝罪文を公表し、多額の賠償金まで
取られたら通常は会長以下、主だった役員は辞任しますよ。
再選も有り得ない。
だから『将棋指し』と低く見られ、扱われるのです、よwwwww

現役理事全員当選?!
驚きの一手。鈍感力。反省の色nothing at all。

現在行われている叡王戦や、来年行われる予定の第1期電王戦についての批判は、行わないのですか?あれにも、ツッコミどころは満載なのですが・・・(例えば、「なんで2番勝負なんだ?将棋連盟は奇数番勝負にすることで、負けを認めたくないのか?」とか、「なんで羽生四冠や渡辺棋王を出させなかったんだ?将棋連盟は虎の子の2人が負ける様子を見たくないのか?」とか・・・)

いえ、もうプロ将棋には全く興味がないので…見てもいないです。

保木さんは囲碁ソフト開発されているようですが
伊藤さんは如何です?

> 保木さんは囲碁ソフト開発

え、それはどこ情報ですか?
(私は最近やってないです)

メールや非公開コメントで情報をいただきまして、どうもありがとうございました。YouTubeなので書いても差し支えないだろうと思い書いておきますが、電通大の囲碁プログラミング講習会に保木さんが出ていた、ということだそうです。動画はこちらから見えます:
http://entcog.c.ooco.jp/entcog/cg_koushu.html
私は8/8のところを見ましたが、たしかに保木さんがいるようです。まあこれだけを以って「囲碁ソフト開発中」か断定はできませんが、もしそうなら楽しみですね。ちなみに棚瀬さんもいたようです。

棚瀬 さんの、8月8日のツイートです。
(以下)
コンピューター囲碁講習会は出てみて良かった。実に面白かった。まだ1ヶ月後に参加者同士プログラムを戦わせるというのがあるけど、講義は今日で終わり。私は山下さんのサンプルプログラムに連だけ実装してみようと思います。
(ここまで)
伊藤さんもどうですか?

こんにちは、伊藤さん。コンピューター将棋について、ひとつ質問してもよろしいですか?

コンピューター将棋は、詰みルーチンが入っていますが、あれはどのような仕組みなのでしょうか。というのは、人間では詰将棋を解くことは難解なことですが、コンピューターはいとも簡単(そうに)解いています。この仕組がわかると、私もすこしは終盤力が身につくのかな…なんて思いまして。(私は将棋をはじめたばかりの級位者です)

その仕組を知るには、コンピューター将棋を自分で作ってみるのが良いのでしょうか……

お忙しいとお見受けしますが、ぜひぜひお答えいただけると嬉しいです。

コンピュータ将棋の詰めルーチンについては、論文もあるし、たしかどこかに解説もあったと思います。ぱっと手元に見つかりませんが、ググれば見つかるでしょう。

ただ、コンピュータの解き方と人間の解き方はかなり違うので、コンピュータの解き方を知っても人間が強くなるわけではないです。終盤力が身につけたいということなら、月並みですが詰将棋を解く等の方がよいのではないかと思います。

情報処理学会の
「ことしの2月にはプロの中で最もレーティングが高い羽生四冠と並んだ」
という公式発表について是非コメントを


NHK のニュースで放送されました。

コンピューター将棋「目的達した」終了宣言へ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151010/k10010265711000.html


伊藤さん、返信いただきありがとうございます。
詰めルーチンについて、自分なりに調べてみて
コンピューター将棋の面白さを感じました。

やはり、コンピューター将棋の考え方を人間が採用するのは難しいですか…。地道に、3手詰め・5手詰めから詰将棋を説いていくことにします。

情報処理学会の件はツイッターでコメントしてますのでそちらをご参照ください。
まあ追い越した時期については、実情は11~12年に追い越してるはずですが、学会が連盟に配慮したのでしょうかね。

>追い越した時期については、実情は11~12年に追い越してるはずですが

この点についてちょっと訂正。どうやら学会の言う「14年に追いついた」の根拠は、ハード構成を考慮せず、第3回を含む最近の電王戦結果からの推測のようなので、PC1台の比率がかなり大きいようです。

「PC1台で14年に追いついた」と「クラスタ有りで11~12年に追いついた(追い越した)」とは割と辻褄が合う気がします。「名人を抜いたXデーはいつだったか」については、この辺がコンピュータ将棋開発・研究側のコンセンサス、という感じで収束してきたんでしょうかね。

http://kifulog.shogi.or.jp/ouza/2015/10/post-97fc.html

自分は伊藤氏が賢いとか正しいとかは思わない(とくに山本氏とくらべて)けど、内館がアホなことに異存はない。

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